大阪高等裁判所 昭和52年(ネ)270号 判決 1980年2月27日
昭和五二年(ネ)第二七〇号事件控訴人
同第三〇七号事件被控訴人
原告 佐藤工業株式会社
右代表者代表取締役 佐藤欣治
右訴訟代理人弁護士 三木今二
同 大塚正民
同 水野武夫
同 飯村佳夫
昭和五二年(ネ)第二七〇号事件被控訴人
同第三〇七号事件控訴人
亡武村米蔵訴訟承継人
被告 武村富治夫
<ほか一名>
右被告両名訴訟代理人弁護士 大橋光雄
右被告ら補助参加人 帝国興産株式会社
右代表者代表取締役 岡本健一
右訴訟代理人弁護士 中村俊輔
主文
1 原告佐藤工業株式会社の本件控訴を棄却する。
2 原判決中被告武村富治夫及び同武村すみ子の敗訴部分を取消す。
3 原告佐藤工業株式会社は被告武村富治夫及び同武村すみ子に対し、金四五〇〇万円及びこれに対する昭和四〇年一二月三〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用及び補助参加によって生じた費用は、第一、二審とも原告佐藤工業株式会社の負担とする。
5 この判決は3項に限り仮に執行することができる。
事実
(申立)
一 昭和五二年(ネ)第二七〇号事件
1 原告佐藤工業株式会社(昭和五二年(ネ)第二七〇号事件控訴人、同年(ネ)第三〇七号事件被控訴人。「原告」という。)
(一) 原判決中原告敗訴の部分を取消す。
(二) 被告武村富治夫及び同武村すみ子(昭和五二年(ネ)第二七〇号事件被控訴人、同年(ネ)第三〇七号事件控訴人。「被告ら」という。)は原告に対し、金一億三〇二五万九〇〇〇円及びこのうち原判決添付別紙(一)別表記載の内金ごとにこれに対する同表記載の日から完済までそれぞれ日歩三銭の割合による金員を支払え。
(三) 訴訟費用は第一、二審とも被告らの負担とする。
(四) (二)につき仮執行の宣言。
2 被告ら補助参加人
(一) 本件控訴を棄却する。
(二) 控訴費用は原告の負担とする。
二 昭和五二年(ネ)第三〇七号事件
1 被告ら
(一) 主文2、3項と同旨。
(二) 訴訟費用は第一、二審とも原告の負担とする。
(三) 主文3項につき仮執行の宣言。
2 原告
(一) 本件控訴を棄却する。
(二) 控訴費用は被告らの負担とする。
(当事者の主張及び証拠関係)
次に訂正、付加するほかは原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。
一 訂正等
(1) 原判決三枚目裏一一行目「別表」の前に「別紙(一)」を加入し、同一二行目「日歩三銭の利息を付し、別紙」の次に「(二)」を加入し、同四枚目裏三行目「六月八日」を「五月八日」と改め、同五枚目表六行目「これを」から同一〇行目「これを、」までを「これを被告に買取らせたところ、被告は原告の担当者宮島省治をして別紙(一)別表記載の日に同表記載の金額を原告に出捐させて右手形全部を再び被告より買戻せたばかりか、これを宮島をして、」と改める。
(2) 同六枚目表六行目「別紙別表」を「別紙(一)別表」と改め、同九枚目表一〇行目「原告は、」の次に「昭和五〇年六月四日の原審第三五回口頭弁論期日において」を加入する。
(3) 同一一枚目表一一行目「受授」を「授受」と改め、同一二枚目表六行目「別紙」の次に「(三)支払」を加入し、同一三枚目表九行目「の署名ある、額面金四六、〇〇〇、〇〇〇円」を「の記名押印のある金額四五〇〇万円」と改める。
(4) 同一五枚目裏六行目「第一八号証」の次に「(第一八号証は写)」を、同七行目「一ないし六」の次に「(一ないし四は写)」を各加入し、同一二行目「三を提出し、」の次に「検甲第一号証は原告専用の手形用紙、同二号証の一ないし三は原告大阪支店の角型庶務印の印影、同三号証の一ないし三は同丸型庶務印の印影であると述べ、」を付加する。
(5) 同一六枚目表八行目「第一号証」を「第一号証の一」と改め、同末行「第一号証」を削除し、同一六枚目裏二行目「第五号証の一ないし三」を「第五号証の一、二」と改め、同五行目「その余の部分」の前に「第五号証の三のうち宮島省治作成部分の成立は不知、」を加入し、同一〇行目「乙第一号証」を「乙第一号証の一、二」と改める。
(6) 同一七枚目表七行目「検乙第一号証の一、二を提出し、」の次に「検乙第一号証の一は昭和三五年九月被告と原告会長佐藤助九郎らが会合した状況を撮影した写真、同号証の二は同年一〇月原告から被告に贈られた衝立を撮影した写真であると述べ、」を付加し、同一七枚目裏五行目「甲号各証の成立」の次に「(第一八号証は原本の存在及び成立)」を加入する。
(7) 同三二枚目裏最上段「支払明細表(一)」の左上に「別紙(二)」を付加し、同三三枚目表以下の別紙(三)支払明細表(二)の手形交付日欄につき、番号3の「3483」を「34113」と、番号4の「341015」を「34624又は34626」と、番号8の「34〃27」を「34〃28」と、番号10の「341217」を「341218」と、満期欄につき、番号3の「35930」を「3582」と、番号4の「〃」を「341012」と、番号6の「35〃〃」を「351111」と、金額欄につき番号8の「一五五、〇〇〇、〇〇〇」を「一五、〇〇〇、〇〇〇」とそれぞれ改める。
二 原告の主張
1 承継前の被告武村米蔵(以下「米蔵」という。)が甲第一号証の念書に基づいて支払義務を負う根拠を要約すると、次のとおりである。
(一) 右念書は本件各工事代金の未払分について、保証人である米蔵が改めて支払を約したものである。
(二) 仮にそうでないとすれば、当時の原告大阪支店経理課長宮島省治が本件各工事代金を自己のために横領し、あるいは本件各工事代金をめぐり第三者すなわち米蔵らのために横領その他の不正行為又は任務懈怠を行い、その結果原告に被らせた損害について、米蔵が宮島の依頼を受け、同人を救済するために立替請負代金の支払名下に右念書を作成し、同人の原告に対する損害賠償債務を引受けたものである。
仮に米蔵において真実支払う意思がないのにこれを支払うかのような意思表示をしたとしても、宮島と通謀してした右意思表示の瑕疵は原告に対抗することができない。
(三) 仮に原告の損害が宮島の不正行為によるものでないとしても、米蔵は右念書に基づいて支払約定をしたものであって、被告らが右念書作成の経過について主張する事実は米蔵自身の内心的動機にすぎず、その事情を知らなかった善意無過失の第三者たる原告に対し対抗することができない。
2 米蔵は昭和四八年一〇月一〇日死亡し、その子である被告らが米蔵の権利義務一切を各二分の一の割合で相続した。
3 被告らの後記主張2は争う。
4 (被告らの新たな請求について)
(一) 被告らの民法七一五条に基づく新たな請求は訴訟手続を著しく遅延させるものであるから、右訴の追加的変更は却下すべきである。
(二) 仮に右主張が認められないとしても、被告らの右請求は理由がない。すなわち、乙第一号証の一、二の約束手形(以下「本件手形」という。)には米蔵が金員を出捐した原因関係がないのであるから、同人に損害の発生する余地はない。右損害の発生に関する被告らの主張はすべて否認する。
(三) 仮に右主張が認められないとしても、被告らの損害賠償請求権はすでに時効により消滅している。すなわち、本訴において原告は当初から本件手形が偽造であることを主張していたのであり、右事実は原審における証拠調の結果によって明白となった。したがって、米蔵は遅くとも米蔵本人尋問以外の証拠調が終了した昭和四六年一二月六日には本件手形が偽造であることを熟知していたものというべきであるから、被告らの損害賠償請求権は三年経過後の昭和四九年一二月六日には時効により消滅した。
三 被告らの主張
1 原告主張2の事実は認める。なお、被告らの原告に対する請求に関しても右相続の事実を援用する。
2 本件各工事代金の支払については、原告と米蔵の合意の上、原告は(イ) 工事代金支払のために岡本健一又は補助参加人が振出した約束手形について米蔵から割引を受ける、(ロ) 右手形の満期が近づくと、原告振出の小切手又は約束手形を担保として米蔵に差し入れ、これと引換えに米蔵より岡本又は補助参加人振出の手形を預かる、(ハ) 米蔵より預った右手形を満期又は満期前に岡本又は補助参加人から取立て、この取立金を米蔵方に持参して先に担保として差入れた小切手又は約束手形を請け出す、という方式がとられた。この方式の履行の任に当ったのが原告大阪支店経理課長宮島省治であるが、同人は岡本又は補助参加人から米蔵より預った手形と引換にその手形金を受預しながら、右金員を米蔵のもとに持参して担保のために差入れた小切手又は約束手形を請出すことを怠るようになり、担保のための原告振出の小切手又は約束手形が米蔵の手もとに相当数滞留したので、これを一括して一つの手形にまとめたものが本件手形である。
3 原告大坂支店長には本件手形を振出す権限があった。昭和四一年一月一九日本件紛争の処理のため大阪市北区の料亭「北大和」において開催された会合においても、原告側は支店長の振出権限について争わず、本件手形の支払義務を承認していた。仮に原告の内規で支店長の振出権限を制限していたとしても、善意の第三者に対抗することができない(商法四二条、三八条)。
また、原告大阪支店長北村平作は、米蔵に対し宮島を本件各工事の経理責任者として紹介し、岡本又は補助参加人振出の手形の割引を受ける際宮島が支店長名義で裏書することに了解を与え、北陸銀行で支店長名をもって割引を受ける際にも宮島にこれを担当させていたのであるから、少くとも本件各工事の経理に関する限りは宮島に支店長の代行権限を付与していたものというべきである。
以上の事実関係を前提にすると、本件手形振出行為は権限内の行為であること、少くとも表見代理が成立することは明らかである。
4 (新たな請求原因)
仮に宮島に本件手形振出の代行権限がなかったとしても、前記事実関係からすると、本件手形の振出行為は支店長の行為と見うる外形を有しているし、宮島の振出行為は同人の職務の執行と密接な関連があるから、原告の被用者たる宮島がその職務を執行するにつき米蔵に損害を負わせたものというべく、原告は米蔵に対し民法七一五条に基づき本件手形金額と同額の損害を賠償する義務がある。
よって、米蔵の相続人である被告らは原告に対し、第三次的に右損害賠償金四五〇〇万円及びこれに対する不法行為後の昭和四〇年一二月三〇日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
5 なお、第一次及び第二次請求の付帯金の利率については、第三次請求のそれとあわせるため、従前の年六分を年五分に減縮する。
6 甲第一号証の念書は、そのものの中に原告において工事代金の立替分があることを前提としてこれを支払うといっているのであるから、工事代金が支払ずみであるときは、右念書はその文言自体から見て自然に失効する。また、右念書は内部調整用との留保のもとに作成されたものであって、昭和四〇年末原告は支払不要との確約をした。
四 当審における証拠関係《省略》
理由
一 原告の請求原因(1)ないし(3)の事実(原判決二枚目裏一行から三枚目裏三行目まで)及び米蔵が昭和三四年四月一三日原告主張(イ)の工事(主体工事)代金債務を保証し、その後同(ロ)ないし(ト)の各工事代金債務をも保証したこと、右各工事の注文者(岡本健一又は補助参加人)が工事代金支払のために原告に対し振出した約束手形を米蔵が原告から買戻条件つきで買取り、その後右手形を原告に交付し、右各工事の注文者が原告から右手形の返還を受けたこと、米蔵が本件各工事代金の未払分につき金一億三〇二五万九〇〇〇円を支払う旨を記載した念書(甲第一号証)を作成し原告に交付したことは、いずれも当事者間に争いがない。
二 《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。
(1) 本件各工事請負契約においては、工事代金の支払は、原告主張(イ)の工事につき契約成立時と鉄骨建方開始時に各金二五〇〇万円、完成引渡時に金二六〇〇万円、同(ロ)ないし(ヘ)の各工事につき各契約時と完成時に折半して、同(ト)の工事につき契約成立時に全額を、いずれも一年後を満期とする約束手形で支払い、右各手形振出日から満期までの間日歩三銭の利息を支払う旨約定されていた。
(2) 当時原告大阪支店では資金に余裕がなかったので、右(イ)の工事請負契約の当初に原告大阪支店長北村平作の米蔵との間において、右支払手形の満期までの間原告大阪支店が右手形によって融資を受ける方法として、(イ)の工事のうち第一、二回支払分の五〇〇〇万円の手形は米蔵の保証の下に北陸銀行で割引を受け、残額の支払手形は米蔵がこれを割引くことによって融資することが合意され、その余の(ロ)ないし(ト)の工事請負契約についても、工事代金の支払手形は米蔵が割引くことによって原告大阪支店に融資する合意がなされた。そして、昭和三五年三月初めごろ米蔵と右北村支店長との間で、右支払手形の取立に関して、米蔵が割引いた工事代金支払手形は、その満期前に原告大阪支店において同支店振出の同額の小切手と引換えに米蔵からこれを預かり、同支店において工事注文者の岡本健一又は補助参加人から取立て、その取立金を米蔵に交付して先に差入れた同支店振出の小切手を請け出すという合意が成立した。
(3) 本件各工事の注文者たる岡本又は補助参加人は、工事代金支払のために原判決添付別紙(三)支払明細表(二)に見合う約束手形を振出したが、これらの手形のうち主体工事の第一、二回支払分の手形は、割引してこれを所持する北陸銀行に、その余の支払分の手形は、前記合意に基づき割引してこれを所持する米蔵から原告振出の小切手と引換えに預っていた原告大阪支店に、それぞれ満期又は満期前に各振出人によって支払われ、同支店は当時本件各工事代金を既収として処理した。
(4) 原告大阪支店支店長北村平作は、原告大阪支店が前記合意に基づいて米蔵より融資を受けるに当って当初米蔵に対し同支店経理課長の宮島省治を同支店の経理の責任者として紹介し、宮島に本件工事の代金支払に関し手形の授受、現金の授受等一切の経理上の事務を代行させる旨を述べ、その後宮島に命じて、工事注文者からの支払手形の受領、米蔵から右手形の割引を受ける際の右手形に対する同支店長名義の裏書、右手形の米蔵への持参及び米蔵からの割引金の受領、同支店長振出名義の小切手と引換えにする右手形の米蔵からの受領、振出人からの右手形金の取立、取立金の米蔵への交付及びこれと引換えにする右小切手の米蔵からの受領等の事務一切を担当させた。
(5) 宮島は右事務を担当するうち、工事注文者たる岡本又は補助参加人から支払手形の満期又は満期前にその手形金の支払を受けているにもかかわらず、米蔵に対し右取立金は原告大阪支店の他の費用に流用させてもらったのでしばらく貸していてほしい旨懇願し、右取立金を米蔵に交付せず、同支店長振出名義の小切手の請出しを怠るようになった。米蔵はやむなくこれを承諾していたが、宮島に対し自分の手もとに滞留した原告大阪支店長振出名義の小切手を一括して約束手形に切換えることを要求した。そこで宮島は、右要求に応じ、当時の原告大阪支店長北村平作には無断で、市販の約束手形用紙を用い、工事代金支払手形の割引を受けた際同支店長名義で裏書をするのに使用した同支店長の記名ゴム印、印章及び同支店の角印を押捺して、金額をその当時の滞留小切手の金額に見合うものとする同支店長振出名義の約束手形を作成し、これを米蔵に交付した。その後昭和三六年二月原告大阪支店長が北村平作から勇内英次に交替したので、宮島は米蔵の要求により、勇内支店長に無断で前同様の方法により原告大阪支店長勇内英次振出名義の約束手形に書替え、さらにその後滞留小切手金額の変動に伴い、最終的に市敗の手形用紙、原告大阪支店長勇内英次の記名ゴム印、印章(前支店長北村平作から引継を受けたもの。)及び同支店の角印を用い、本件手形(金額四五〇〇万円、満期昭和四〇年一二月三〇日、支払地、振出地大阪市、支払場所株式会社日本勧業銀行堺筋支店、振出日昭和三九年六月二五日、振出人原告大阪支店長勇内英次、受取人武村米蔵との記載があるもの。)を同支店長に無断で作成し、これを米蔵に交付した。なお、原告内部の経理規定では、手形の振出は本店で統轄し、各支店長はその振出権限を与えられていなかった。
(6) ところで、昭和三九年一月ごろに至って、原告本店の監査により原告大阪支店に一億数千万円の不正経理があることが発覚した。
宮島はその調査及び解決の任に当った本店経理部次長北村照芳の追及に対し、これは本件各工事代金が現実に原告大阪支店に入金されていないためであり、右工事代金は米蔵が収受している旨弁解した。そして、宮島は北村照芳に対し米蔵から右工事代金分の支払を受けるようにすると称して、米蔵とは無関係の訴外南海柘殖株式会社振出の約束手形九通(金額合計一億四九一七万八三五一円)をあたかも米蔵から受取ったかのように装って持参し事態を糊塗しようとしたが、それも効を奏せず、右北村から米蔵の直接の支払の約諾を得てくるように厳命され、米蔵に対する交渉を一任された。そこで、宮島は、昭和四〇年二月ごろ、自己が原告大阪支店の有能な経理課長として米蔵に信頼されているのに乗じ、前記事実を秘し、米蔵に対し、「本件工事代金支払手形に一部不渡りがあり、かつ原告大阪支店の税務関係の内部説明資料にするため必要があるから、本件工事代金の未払手形の原告立替分として米蔵が原告に対し金一億八四一九万五七七七円を支払う旨の一札を差入れてほしい。原告大阪支店には隠し預金が約二億円あり、その預金を支払に充てるので、米蔵には決して迷惑をかけない。」と虚構の事実を説明して、あらかじめ準備した前記甲第一号証の念書に署名押印するよう懇請した。米蔵は宮島の右説明が真実で、右念書が原告大阪支店の経理上の操作のために必要であると信じ、念のために、この念書は、原告内部の説明資料として使用するもので米蔵には一切の損害をかけない旨の宮島作成名義の返り証を徴したうえ、甲第一号証の念書に署名押印し、これを宮島に交付した。同人はその後右念書の作成日を三月四日に訂正したうえ、そのころこれを北村照芳に提出した。
以上の事実を認めることができる。《証拠判断省略》
右甲第一号証の念書は、本件工事代金支払手形に未払があり、原告がそれを立替え支払ったことを前提として米蔵が右立替分を払う旨を約したものであることはその文面上明らかであって、米蔵が宮島の不正行為による原告への損害賠償債務を引受けて原告に支払うことを約した事実は、これを認めるに足りる証拠がない。
三 そこで原告の請求について判断する。
1 原告は、本件工事代金に未払分があり、米蔵がこれにつき支払の約定をした旨主張するが、前記認定のとおり本件各工事代金はすでに完済されているのであるから、右主張は理由がない。
2 次に、原告は、宮島の横領金等について米蔵が宮島の原告に対する損害賠償債務を引受けて支払の約定をした旨主張するが、甲第一号証の念書によっても、右主張事実を認めるに足りず、他に米蔵が右損害賠償債務を引受けた事実を認めるに足りる証拠がないことは前記のとおりであるから、右主張は採用することができない。
3 また、原告は、甲第一号証の念書による米蔵の支払約定は心裡留保として原告に対抗することができない旨主張するが、前記のとおり宮島は原告大阪支店の経理課長で本件工事代金の支払に関する事務を同支店長から一任されていたものであるところ、その宮島が米蔵に対し前記のような説明をして甲第一号証の念書の作成方を依頼し、米蔵は右説明が真実であると信じて右依頼に応じたものであり、その際米蔵に原告を害する意思があったものと認めるに足りる証拠がないから、右念書は原告の代理人宮島と米蔵が通謀してした虚偽の意思表示として民法九四条一項により無効であると解すべきである。そして、宮島は原告大阪支店長から代行権限を付与された代理人であるから、原告は民法九四条二項の第三者には該当しないものと解すべきであり、仮に心裡留保の相手方に該当するとしても、右念書は本件各工事代金支払手形の原告立替分の支払を約したものであり、本件各工事代金支払手形がその振出人により支払ずみであることは前記のとおりであって、原告は米蔵が右念書を原告内部の経理上の操作用として作成した真意を知っていたか少くとも知ることができたはずであったと認められるから、右念書による意思表示は無効と解するのが相当であり、仮に同法九三条但書に該当せず又は九四条二項に該当し無効でないとしても、右念書は本件各工事代金に未払がありそれを原告が立替えたことを前提として米蔵が右立替分の工事代金を支払うというのであって、米蔵が既払の工事代金の二重払をする、あるいは宮島の不正行為による損害賠償債務を引受けて支払うという意思表示ではないから、本件工事代金がすでに支払ずみである以上、米蔵は甲第一号証の意思表示に基づく支払義務がないものといわなければならない。
4 原告はさらに禁反言の主張をするが、前記事実関係からすれば、米蔵は、原告大阪支店経理課長である宮島の説明により宮島個人のためではなく原告大阪支店の経理上の操作のために必要であると信じてやむなく甲第一号証を作成したもので、この意味において宮島の欺罔行為の被害者であって、原告が自己の使用人の欺罔行為を棚に上げて被害者である米蔵に禁反言の主張をすることはとうてい許されないものというべきのみならず、原告が損害を被ったとすればそれは原告の使用人宮島の不正行為の故であり、甲第一号証と相当因果関係のある原告の損害を認めるに足りる証拠がないから、原告の禁反言の主張は採用することができない。
四 次に被告らの請求について判断する。
1 被告らは原告大阪支店長には約束手形を振出す権限があった旨主張するが、前記二(5)において認定したとおり、原告の内部規程によって、原告大阪支店長には手形振出の権限がなかったものである。しかしながら、支店長等営業所の主任者たる名称を付した使用人の代理権に加えられた制限は、商法四二条、三八条によって善意の第三者に対抗することができないのであるから、善意の第三者に対する関係では、支店長の手形振出権限の有無は会社の責任に影響を及ぼさない。
そして、支店長名義で手形を振出す権限のない支店経理課長が支店長の記名印、印章、支店の角印を用いて支店長振出名義の手形を偽造した場合において、支店長に手形振出権限がないことを知らなかった受取人においてこれを支店長自ら振出した手形であると信じ、かつ、そのように信ずるにつき正当の理由があったときは、本人(会社)は民法一一〇条の類推適用により振出人としての責に任ずるものと解するのが相当である。
ところで、前記認定事実によれば、原告大阪支店長北村平作は、米蔵に対し宮島を同支店の経理の責任者として紹介し、宮島に本件各工事の代金支払に関し手形の授受、現金の授受等一切の経理上の事務を代行させる旨を述べ、本件各工事の代金支払手形につき米蔵の保証で銀行より手形割引を受け、また、米蔵に手形割引をして貰う等の事務一切を宮島に行わせてきたのであって、米蔵は、本件各工事代金支払手形が支払われた後も宮島の言を信じて宮島が担保として差入れた小切手の取立を猶予し、右支払手形を割引く際裏書を受けた同支店長の印章と同一の印章を用いて振出された同支店長振出名義の約束手形を右小切手の差替として宮島から受領し、支店長の交替に伴い新支店長勇内英次振出名義の約束手形と差替え、さらにその書替によって前記のような本件手形を受領したのであるから、本件手形を同支店長が振出したものと信ずるにつき正当の理由があったものというべきである。本件手形が市販の手形用紙を使用し、金額がインキで記載されていたからといって、米蔵に過失があったものということはできず、米蔵が本件手形の交付を受けた当時、原告大阪支店長に手形振出の権限がなかったことを知っていたものと認めるに足りる証拠はない。したがって、原告は米蔵に対し本件手形の振出人としての責に任ずるべきである。
2 原告は、本件手形には原因関係がない旨主張するが、前記認定のとおり、本件手形は宮島が本件各工事代金(利息を含む。)支払手形の手形金を取立てながらこれを米蔵に持参せず、米蔵のもとに滞留させていた原告大阪支店長振出名義の小切手と差換えるために振出されたものであり、その後右滞留小切手の金額に見合う金員を原告において米蔵に対し弁済したことを認めるに足りる証拠もないから、原因関係がないものということはできない。
3 次に原告は、原告の被告らに対する本訴請求債権をもって本件手形金と対当額で相殺する旨主張するが、原告の本訴請求債権が認められないことはすでに前記三で判断したとおりであるから、右主張も理由がない。
4 ところで、米蔵が本件手形を伊賀佳樹に裏書し、同人において満期に支払場所に支払のため呈示したところその支払を拒絶されたため、米蔵がその返還を受けたことは当事者間に争いがないから、原告は米蔵に対し本件手形金四五〇〇万円及びこれに対する満期の日である昭和四〇年一二月三〇日から完済まで手形法所定年六分の割合による利息の支払義務があるものといわなければならない。
そして、米蔵が昭和四八年一〇月一〇日死亡し、その子である被告らが各二分の一の割合で米蔵の権利を承継したことは当事者間に争いがないから、原告に対し本件手形金及び右法定利息の範囲内である年五分の割合による利息の支払を求める被告らの請求は、正当としてこれを認容すべきである。
五 以上の次第で、原告の本訴請求は失当として棄却すべく、これと同旨の原判決は相当であって、原告の本件控訴は理由がないからこれを棄却し、被告らの控訴は理由があるので、原判決中被告ら敗訴の部分を取消して被告らの本訴請求を認容し、訴訟費用及び補助参加によって生じた費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九四条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 川添萬夫 裁判官 吉田秀文 中川敏男)